ヒズミ回想

とあるバンドマンの、変哲も平坦もない日常。

ブログに書く内容

2024/4/22

ブログに書く内容がない、そんな日もやはりあります。

そりゃあ、全く何もしてないわけでもないのですが、人に言えないこともあれば、言うべきではないこともあります。別に法を侵しているわけではなく、単に仕事の話であるとか、バンドの今後の動きであるとか、言ってもしょうがない友人との会話であるとか、ジョーク混じりの偏った思考とか、そういうモノはシンプルに、書くべきではないのです。一応、全世界に向けて公開しているモノですからね。そういうリテラシーを忘れた人間から死んでいく世の中です。マジで気をつけねばなりません。

思考を煮詰めたような過激な事を言って、耳目を集めるのも嫌いですし、仕事やバンドの内容のタブーに触れてドヤ顔をするのも嫌です。議論を巻き起こすようなことも言いたくありません。何せインターネットというのは誤解と曲解のゴールドラッシュみたいな場所ですから、あまり調子に乗ると調味料を粘膜で弄ぶ馬鹿な奴らと似たような存在になります。ああはなりたくないもんだ。

ありがたいことに観てくれる方はいますが、存在自体は弱小ブログもいいところのこの場所です。しかしそれでも中途半端に油断をすれば、色んな人に迷惑をかけてしまうことにもなりしょう。大切な事というのは、それを伝えるべき大切な人たちにだけ伝えるべきなんです。もちろん、観てくれている人たちは大切な方々ですがね。その方々だけが見られるブログだったら良いのですが、そうでもないので気をつけねばなりません。

結果、毒にも薬にもならんような文書を日々徒然なるままに書き連ねて、あやしうこそものぐるおしけれ、というのがこのブログです。きちんと私の言葉を連ねますが、それはきちんと選ばれた私の言葉なのです。きちんと選んだ結果、書く内容がないような日もやはりあります。しかしそれでも心の奥底をぶちまける、なんてことは私はしません。私の心の奥底なんてのは、私だけが知っていれば良いのです。まぁ私すらよく知らないんですがね。

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなといっしょ

2024/4/21

f:id:iijitakahiro:20240422040655j:image

今日も今日とて、小倉アソビカイギにて、マーダーミステリーをやっていましたよ。最近頻度多いので、いつも書いてるような事は省きますね。楽しい事は良いですよ、しましょう、という話です。

 

マーダーミステリー会であるとか、ボードゲーム会でしか会わない人がそこそこいます。別に仲が悪いわけでなく、むしろ良いのですが、日頃連絡を取り合ったり、面白い事を報告し合ったり、予定を合わせて遊びに行く、なんて事をほとんどしない、そういう友人たちです。

別に、会おうと思えば連絡を取れば、向こうも普通に合わせてくれると思うのですが、わざわざするものでもない、そんな仲の人たちともこの会では出会えます。会って馬鹿みたいに笑いながら、楽しく遊ぶのです。書き方がちょっと悪く見えてしまいますが、仲は本当に良いのです。そういうカテゴリの友人も、世の中には居るのです。

マーダーミステリーというゲームが楽しいのもそうなんですが、そういう人に会えるのも、この会の楽しいところなのです。もちろん新しい人がいる時もあり、仲良くなることもあります。仮に仲良くはならずとも、その場ではやはり一緒に、馬鹿みたいに笑っていたりするのです。

これは奇妙な縁なのでしょうか、私はそうは思いません。人によっては行きつけのバーであったり、昔の友人たちであったり、そういう場自体は沢山あります。一緒に楽しむものが酒か食事か会話か、はたまたゲームなのか、という話ですね。それらは酒や食事とかの目的が楽しいのはもちろんですが、どっちかと言えば人と会うための口実みたいなもんだと思います。

単純に、私はゲームが好きなので、それをツールとして人と会えれば、そんなに楽しい事はそうそうないと思っています。よく誤解されますが、私って結構、「人」自体は好きですからね。ちょっと嫌いな人間が嫌いすぎるだけで、人嫌いなわけではありません。できればみんなで、一緒に何かしら遊びたいですね。私の嫌う人間は除いて、機会があれば遊びましょう。

 

 

 

 

 

 

 

フルエル

2024/4/20

夕方、外は小雨。冷たい車内で膝を丸めて横になっていました。

ライブを観に小倉へ行くつもりで、意気揚々と車のキーを回すも無反応。私に無断で放電をされたようで、バッテリーが上がっていました。急ぎJAFを呼ぶも到着は1時間後、ライブには到底間に合わず、バッテリー復旧後もエンジンは駆動させておかねばならんので、そこからまた1時間は車内で倒れていました。

思えば、朝はなんとなく調子が出ず、体調の傾いを考えていたら過眠をしてしまい、予定を組む連絡も上手くいかず、さらにはライブを観に行く約束まで破ってしまいました。とても悪い日です。本当に申し訳ない。本当に申し訳ないと懺悔しながら、小雨で冷える車内で震えていました。

すべての予定を喪失して部屋に戻るも、飯は出る前に食べてしまったので暴食で気を紛らわせることもできず、作業なんかする気にならず、約束を破って遊ぶのも相応しくないため、また眠っていました。眠たくもないのに眠っていました。

「こういう日もあるさ」と言ってしまえばそうなんですが、こういう日なんて無い方が良いですし、それでこういう日が楽になる訳でもありません。こういう日にできることは、ただじっと布団の中で震えていることだけです。あるいは涙を流すことだけです。

 

夜半、目覚めて行う暴食と、心の狂った友人たちとの触れ合いによって、少しは調子を取り戻せました。ただ、破ってしまった約束と、少し濡れた枕は、まだそのまま部屋に横たわっています。今もなお。

 

 

 

 

 

 

頑張りについて

2024/4/19

朝起きて仕事を終えたら、先日録音したドラムをいじったり、新たに歌詞を書いたりしていました。こう書くといかにも頑張ってる風ですが、合間合間には無限の虚無みたいな時間が挟まれており、かつドラムも歌詞もそこまで突っ込んだ作業はしていないので、そうでもないです。しかし真にサボっていた訳ではなく、それでも人生を削るほど頑張っていた訳でもない、薄ぼんやりとした曇りみたいな日中でした。春っぽくて丁度良いですね。良くはないですが。

 

往々にして、私はこういう「頑張ってません」みたいな事をブログによく書きます。別に書かなくてもよいのですが、多分その日に頑張ってないのは事実なので、自戒も込めて書いています。いわゆる「テスト全然勉強してないわ〜」みたいなもんです、しかし私の場合謙遜でなくマジで頑張っていません。そこんところはご留意ください。

ただ、頑張ってなくとも、作業には手をつけるようにはしています。手をつけるに至らずとも、きちんと考えたりはしています。何かしらの算段がなければ、バンドなんてできやしません。そういう意味では頑張ってはいずとも、事柄は前に進めています。本当に何もしてない日は「サボった」もしくは「急遽、休みの日にした」と書いています。それ以外の日は、まぁ何かしらやっています。

しかしそれにしたって、世の中の情勢を見れば、私なんて全然頑張っていない方だと思います。世の中にはマジで、私から見りゃ狂ってるんじゃないかと思うくらいの方々がいますからね。特に本気でバンドやって、きちんとした運営ができている人なんかすげぇもんです。私には無理なことので、非常に尊敬します。

「もっと頑張れ」とは皆さん思うでしょうし、私も思いますが、昔それで失敗、というか心も身体も荒んでしまって季節があるので、今では努力目標として置いている形です。あの時期は本当によくなかった。「あの頃はギラついてた」なんて言われてますが、ただイライラしていただけです。それが格好悪いとは言いませんが、今の方が何十倍格好良い自信がありますからね。このくらいが丁度良いのです、たぶん。

何にせよ、やってもやらなくても、その時々で締め切りは近づいてきます。毎秒1秒ずつ、時速1時間の速度で期日は私に迫ります。どうせやらねばならんのです。迫れば人生を削ってやるので、頑張ることの総量はそんなに変わらないんじゃないでしょうか。流れるままに、やりますよ。

 

 

 

 

 

 

タノシミ

2024/4/18

苦しみの少ない人生と、多い代わりに楽しみも多い人生ならば、私は迷わず後者を選びますね。楽しい事は、いくつあっても良いのです。なんならもう、私は楽しむために生きていると言っても過言ではありませんよ。

楽しい事ってのは大抵、あんまり楽ではないのでね。やるべき事はあります。面倒くさい事もあります。しかしそれでも、それらを乗り越えていかないと大きな楽しみには辿り着けないので、やらねばならんです。苦しみがないまま得られる楽しみなんてのは、せいぜいスナック菓子レベルが良いとこです。

まぁ結局これ、私の美学なんで、押し付ける気は毛頭ありません。たまに行き過ぎて引かれてる気もしますが、それでも私は楽しみたいのです。人に迷惑かけたりしたくはないですが、できる限りで、私は、私が楽しみたいだけなんです。

 

 

 

 

 

 

フラフラライフ

2024/4/17

f:id:iijitakahiro:20240417204031j:image

昼、ラーメンを喰らったら、そのまま自転車でふらふらと、何をするでもなく周遊していました。

少し風が冷たいだけの、穏やかな陽気。ゆるゆると川辺でペダルを漕ぐと、蒸された草や土の匂いが立ち込めます。薄着で走る女性、散歩する老夫婦、2人で釣り竿垂らして談笑している人たち、どこを見てものんびりとしていて、心が安らぎます。生活も心も、放っておくとすぐに荒みますからね。適宜、整地をしていかねばならんです。

日々、時間が足りない、時間が足りないとぼやく我々ですが、「何もしない時間」なんてのは本当に枯渇してきています。人であるための生理的な時間と、人生を保つための諸々の仕事と、人間性を保つための人やエンタメとの邂逅、あとはそれらを繋ぐテープみたいな時間で、我々の日常は紡がれていきます。そしてそれらの大体が足りないもんですから、「何もしない」なんて時間は後回しどころか、候補にすら上がらない人もいるでしょう。私もよく失念します。

ただ、たまに「何もしない」ことをやってみれば、意外にも充実して、心が満たされるのがわかります。あらゆるものをさて置いて、時間制限もなくふらふらと歩いてみれば、もうそれだけで人生も人間性もなんとかなる気がします。生き急ぐことも必要ですが、死に急ぐのは考えモノです。出先で見かける猫のように、フラフラと生きていきたいもんです。

f:id:iijitakahiro:20240417210136j:image

 

 

 

 

 

非日常費

2024/4/16

私の汗をふんだんに吸った衣類たちの洗濯をして、シンクを埋めた陶器たちを洗浄して、サボっていた運動をやって、記憶合金がゆっくりと元に戻るように、生活を戻していました。主催を絡めた非日常はこれにてお終い、また、日常へと還ることになります。

日常と、非日常の切り替えはとても大事です。近年は特に気をつけています。日常でやっている義務や習慣、節約や節制なんかを、非日常の中では解き放つ事にしています。締め切りやライブなんかが近づくと、どうしても、それどころじゃない場面が増えてきます。本番前に精神が参っては本末転倒、ゆえにすべてを解放するのです。

非日常の中では、日課の運動もしなくて良いです。練習も本番に向けたモノに。外食だって平気で使いますし、夜中に揚げ物だって食べてしまいます。もう我慢なんかしない、何をしてもいいから、とにかく本番のために動くべし。そういう規則にしています。

代わりに、本番が終わり、事後処理まで終わらせたら、また日常の始まりです。規律と節制、美徳と健康、精進と用心を、また思わなくてはなりません。この切り替えが大事です。大抵、キツめの日課なんかはこういうタイミングで剥がれたりするのです。今日よりまた日常、もちろん業務はありますが、締め切りの脅威はまだ先です。徐々に作業は進めつつ、より良く生きるために、また日々を生きていきます。