ヒズミ回想

とあるバンドマンの、変哲も平坦もない日常。

4月30日 平成が終わる

朝は12時に起床。朝では、まるでないな。

昨夜は、ボードゲーム会の狂乱により、5時頃に眠った。いやあしかし、楽しかった。まだ余韻が残っている。というか、まだまだ、ボードゲーム、したいぞ、私は。

とりあえず、起きる。しばらくは、我慢だ。さて、忘れていたやることを、やらねばならん。

とはいえ、またも精神が、グダる。定期的にグダるそのグダリが、くる。こういう所、私は、実に弱い。

何時間か無駄にして、何とか起動する。そういえば今日は、平成最後の日である。とうとうこの日が来てしまった。現実感はない。平成とともに生まれた我々の世代は、この、元号が変わるということは、根こそぎ、何かを変えられるような感覚になるのである。

その最後の日に、何をグダッているのだろうな、私は。起きるよう。とりあえず、ヒズミ回奏を、録音せねば。

 


さて、ヒズミ回奏、毎回のことだが、曲を1週間くらいで完成させる縛り上、様々な不十分が詰め込まれている。その上録音はiPhoneである。音源としてのクオリティは低いだろう。

しかし、私がその月に思った事を、そのまま曲にして、そのまま発表する。そのための企画である。この生感も、面白いと、自分では、思っている。まぁ言い訳みたいなものだが、そういう事である。

歌詞をパソコンで映し、マイクをオンにして、録音を開始する。完全に一発録りである。当然、結構に失敗する。何度も何度も録り直し、50分ほどの施行の末、何とかひとつ、及第点のモノをつくる。とても、つかれる。

しかしそのまま、アコギの練習に、入る。私の弾き語りは、ギターの音を録音させたり、めんどくさい事をやっているので、練習は、本当に、必須。練習毎、長い時間は取れない代わり、連日触ってカンを取り戻さねばならぬ。

終わった後、今度の大阪への、移動手段を考える。私は良い、バスを取ってある。だが私のギターはたぶん、バスには乗らぬ。色々調べたのち、コンビニ辺りで宅配便をお願いし、大阪のライブハウス近くの営業所に留めておいてもらうことにする。たぶん、たぶん大丈夫のはずだ。非常に怖いが、理論上はいける。

そうこうしていたら夕方である。実家へ、赴く。また雨が降っているよ、とても、憂鬱。

記念の日に降る雨は、天と地をつなぐ役割があるので、めでたい、なんて、よく言ったものだね。えらいポジティブだとは思うが、それを言う人、言った人は、きっと優しい人なのだと思う。

 


実家に着く。飯を頂く。

給食で出るマーガリンについて論議をしながら、白米を噛む。焼いてもない食パンに塗る事は、不可能だとは思いませんか?私は思います。

兄と、ボードゲームの余熱を冷ますべく、ボードゲームの話をする。こういう話は、いくらしていても、疲れず、楽しい。

 


テレビで何となく流れていたなんでも鑑定団では、寂れた資料館みたいな所の絵画に4億超えの値段がつけられていた。ルフィかよ、と大層驚く。この収録の前日まで、人のいない資料館でひっそりと、誰にも知られず4億円が掲げてあったのは、とても面白い。

母の膝で丸まるさくら嬢にちょっかいをかけたら、バナナとパンをくすねて、事務所へと戻る。

して、事務所へ戻ったら、またもグダッてしまう。いかん。今日は、いかん日だ、そう考えよう。少ししてブログを書き始める。そして書きながら、ヒズミ回奏をまだ投稿してないことに気がつく。

いかん、いかんぞ。今日は、やはり、いかん。平成最後に、何をやっているのか、何もしてねぇんだよ。くそ。

そういう日、という事にせねばいかん、いかんぞ。

 

そして、たぶんあまり認識もしてないうちに、平成は終わるのだろう。

そして私は、いつも通り、眠るのだろう。起きたら、令和か。

 

さようなら、平成。楽しかったよ。ありがとう。