ヒズミ回想

とあるバンドマンの、変哲も平坦もない日常。

海について

2023/5/31

夜、ひと財産を一蘭のラーメンを交換した後、店の近くに海があったのでちょっと寄っていました。

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まだ季節には早い海、もちろん泳ぐなんてできませんし、眺めるにしても夜なのでまぁ見えないんですが、それでも海は海です。コンクリートの堤防みたいな所に座り、闇間に動く白波を見、ささやかに揺れる潮騒ずっと聞いていました。まだ少し肌寒い夜空の下、臀部とコンクリートで体温を分け合いながら、何をするでもなく、ただずうっとそこに座っていました。

海、海、海ですよ。この海はあらゆる場所まで繋がっているそうです。物理的な事はともかく、泳いでいけば南極だって地中海だって行けます。ここからは見えませんが、この視界の中、水の中には膨大な数の生命があります。私には生きていけない世界で、沢山の生き物が系譜を繋いでいます。堤防の端には釣り人がいて、それらの生き物を喰らおうとしています。そんな中で私はひとり、何をするでもなく座っていました。

別に海すげぇとか、そういう事を言いたい訳ではないです。もちろん海はすげぇんですが、そんなすげぇ海と私の人生は、あまり接点がなかったのですよな。もちろん子供の頃に海水浴をしたことはありますし、友達と花火をしたことだってあります。しかし海が日常や節目に絡んだことはないので、私にとってはイただのベント場所、野球場や遠方のライブハウスとあまり変わらない、そのくらいの接点だったりもします。

そんな私でも、ひょっとしたらそんな私だからなのか、たまに海を眺めていると不思議な感情になります。雄大で壮大、ある意味では究極の自然です。何千年前からこの場所では、一切止むことなく潮騒が鳴っているという事実。スケールの大きさが五感にゆっくりと染み渡ります。

もし、日常的に海に触れていたら、どんな気持ちになるのでしょうか。海の見える家に生まれたら、学校の登下校が海沿いだったら、海を眺める仕事をしていたら、私はどんな気持ちになって、どんな人生を送るのでしょうか。この世に輪廻転生みたいな仕様が本当にあるならば、是非どこかで体験してみたいものです。