ヒズミ回想

とあるバンドマンの、変哲も平坦もない日常。

「キッチンペーパー吊るすやつ」

2024/3/11

先日、「キッチンペーパーを吊るすやつ」を買いました。正式名称は知りませんが、キッチンにキッチンペーパーを横に吊るして、取りやすくしたアレです。今までは縦置きしたのを一々取って千切って使っていたので、とても便利な上に場所も取らないのでビビっています。

遥か昔、一人暮らしを始めた時にはありました。数年で壊れて使わなくなり、今、改めて2代目ならぬ2台目を買ったのです。あまりにも遅すぎる。買ってみるとあまりに便利で、もうない時には戻れません。現代、すでにスマートフォンのない生活ができなくなっているように、人類はこうやって発展を、及び退化を続けてきたのです。キッチンペーパー吊るすやつもそのひとつです。違うかもしれませんが。

しかし何故買わなかったかというと、これはもう「なんとなく」としか言いようがないのですよな。なんとなく、で十年近く買いませんでした。「ない」事は知っていたんですが、ある意味、見えてはいなかったと言えるかもしれません。人間の目ってのはそんな風にできています。虫歯ができない限り、歯医者の看板ってのは見えないようにできているのです。

人間の動く動機ってのは、ある程度理論的ですが、ある程度は意味がわからんもんです。非合理的な判断なんて珍しいもんじゃありません。名探偵の言う「おかしい、妙だぞ」なんてのは結構、物語的なものなのかもしれません。人ってのは妙なんです。よくわからんもんなんですよ。

しかしながら、合理的な判断が生活をより良くするのは間違いありません。キッチンペーパー吊るすやつなんて壊れた翌日に買えば良かったんです。やはり定期的に自己や生活を見直し、できる限りより良く生きるべきなんですよ。小さな小さなストレスは積み重なって、やがて我々の閾値の最後の一線を越えるのです。客観的な視点を持たなければなりません、そう思いながら、散らかり始めた部屋や隅に重なるダンボールの山には、まだ見えてないフリをしているのです。