ヒズミ回想

とあるバンドマンの、変哲も平坦もない日常。

夏中の男

 

 

 

 

 

2020/8/14

 

夏中の男

 

連日の通り、今日は変わらず気温が高く、蝉が大いに鳴いておりました。しかし湿度は高くなく、空に雲は少なかったので、とても綺麗な、混じりけのない、純粋な夏がそこにありました。

唸るような暑さはありましたが、こんな夏を見過ごすのは勿体ない。街を徘徊しておりました。

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コンクリートより立ち昇る熱を突っ切り、近場の山へ、その奥の神社へと赴く。野良猫が多い山だが、この暑さのせいか、道には出てこない。これは誤算であった。一人寂しく、階段を無限に登る。

登っていると、頭頂に熱気が溜まるのを感じる。この暑さ、やはり体調の不安を感じる。避難のために、頂上付近の茶屋に入る。ここはあまりクーラーも効いておらず、窓開けと扇風機で空気を回しているので、過度に涼しくはないがその自然さが良い。木造の雰囲気もあわせて、「茶屋」と言うにふさわしい店舗である。お気に入りである。

かき氷を、食べる。

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ベタつく甘さのシロップが、氷の冷たさとともに流れていく。とても、良い。夏、である。食べ終えた後の器に残ったシロップが綺麗で、良い。

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食べ終えたら、しばし呆ける。かき氷で冷えた身体は、クーラーのない自然な空気の店内といい按配で調和して心地よい。

呆けていると、外の熱気と、セミの声と、窓越しの緑が、空になった身体に吸い込まれる。脳は五感に包まれて、全身で夏を感じる。

そうそう、これよ、これ。

夏は暑いが、暑ければ夏、という訳ではない。冬であっても暖房が効きすぎた部屋も暑いし、運動をすれば暑くなる。だから夏を感じるためには、暑さも含めて、いろんなものを取り込まねばならぬ。そうして初めて、「暑い」ではなく「夏」になるのである。まぁ簡単に言えば「季節感」という話なのだけれど。

季節を感じるのは、楽しく、心地よいものです。

 

しかしもう、お盆も過ぎれば、夏も一瞬。

熱気も、雲も、かき氷も、蝉も、半袖も、懐かしくなる季節が、そう遠くはない。

だからこそ、季節を浴びねばな。

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