ヒズミ回想

とあるバンドマンの、変哲も平坦もない日常。

20センチ感覚

 

 

 

 

2021/3/6

 

20センチ感覚

 

生暖かい夜、自転車を漕いでいたら、ポケモンのように草むらから猫が出てきました。時間を持て余していたので、自転車を停め、道端にて野良猫を眺めていました。

正確には耳が欠けていたので、地域猫ですが、そいつはミャウミャウ鳴きながら、私に近づくでもなく、逃げるでもなく、しかし撫でようとすると身をひねる。物乞いさんでしょうが、あげられる供物はない、しかしお手手と耳の縞模様が可愛らしく、じっと眺めていました。

しばらくしゃがんでいると、水の流れる音に気がつきました。しかも地面、コンクリートからです。調べてみると、道の近くの排水口の奥でしゃらしゃらと流れているようです。私の今踏んでいるコンクリートはもう何十年と通ってきた馴染みのコンクリートなのですが、水の音を聞いたのは初めてな気がします。

ふと、目の前の猫を見ます。こいつは、聞いていたでしょうな、ずっと。我々よりもずっと自然に近く、ずっと地面に近く生きてきたこいつは、我々の感じ得ない音までずっと聞いてきたことでしょう。せいぜい、地上20センチくらいの場所に置かれた五感で、様々な音を。いや音だけでなく、景色も、匂いも、触覚も、いろんな事を地上20センチの感覚で感じてきたはずです。肉球でコンクリートを踏む感覚って、どんなんなんでしょうね。気になってきた。

私が知らない感覚がいくつもあって、その中には私が人間である限り生涯感じ得ない感覚もいくつもあります。魚が水中で呼吸をする感覚、鳥が翼で浮き上がる感覚、犬が四つ足で野を駆ける感覚、猫が夜な夜な眼鏡を掛けた不審者にじっと眺められる感覚。我々人間は想像すれど、体験する事はできません。不思議なもんです。

そんな事を考えながら、目の前の彼(彼女かもしれん)の世界に想いを馳せるも、一向に撫でさせてくれる気配はありません。私は立ち上がり、地上から172センチの感覚を以て、自転車を駆動させるのです。