2021/1/30
静止のハナシ
散歩中、ふと立ち止まってみる。
当たり前だが、動いていた景色は止まる。視界の中で動くのは人と車と、雲くらいである。それ以外のものはほとんど止まっている。
当たり前ではあるが、左隣の大層な名前のアパートは、昨日もそこに存在した。よほどのことがない限り、多分明日も存在しているだろう。入り口に待ち構える自販機も、そびえ立つ電柱も、当然のように存在を確立している。たとえ近日私が死んだとしても、そう簡単にその存在がなくなる事はないだろう。
そう考えると、世界のほとんどは動かない。動いているのは生物と、機械と、自然だけである。私も、当然他の全員も、その静止した中で生きている。
しかし、動かせば、動く。誰かが関与して、何かに作用すれば、加えたエネルギー、場合によっては位置エネルギーとの合算で、その何かは動く。逆に言えば、誰も関与しなければ、それはほとんど動かない。
散歩中、ふと立ち止まると、そういう事を考える。世界のほとんどは静止している。静止は静止で悪くないのだが、動かせば楽しいことも沢山、ある。動かしていこうと思う。
しかし、動かさない方がよいものも、ある。ヤツは、あのままがいちばん。