ヒズミ回想

とあるバンドマンの、変哲も平坦もない日常。

お役御免

 

 

 

 

2021/4/2

 

お役御免

 

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近所の、取り壊しの決まったマンション。すでに誰も住んでおらず、入り口は封鎖されている。この建物にできることはもう何もなく、あとは崩れるのを待つだけのコンクリートの塊り。

その脇、草で荒れ果てた駐輪場に、停められたままの、子供用の自転車がありました。恐らく住民の引っ越す際に置いていかれたものでしょう。その子供も大きくなり、いらなくなったのでしょうか。その子は今どのくらいなのでしょうか。ひょっとしたらもう、格好のいいクロスバイクにでも乗って、毎朝高校へと向かっているかもしれません。

だけれどこの自転車も、デパートや自転車屋さんで、ピカピカに輝いていた時期があったはずです。それを買ってもらった時、その子は、どんな顔で喜んだのでしょうか。お父さんに後ろを持ってもらいながら、この自転車で乗る練習をしたのでしょうか。何度も倒れながら、ついにひとりで乗れるようになった時、お父さんはどんな顔をしたのでしょうか。

それも、今は昔の話。これは既に役目は終え、このままビルの解体の際に何処かへ連れていかれ、やがてゴミの山の一部になるのでしょう。

もちろん、これはもう本人には要らないものです。恐らくはもっと大きな自転車を、今も何処かで乗り回しているのでしょう。子供用の自転車なんて、いつまでも乗れるものではりませんから、こいつ自身もこの結末には納得しているでしょう。もしかしたら、自分で自転車を覚えた事を、誇りに思ってるかもしれません。

 

不思議な感情です。悲しいではない、苦しいでもない。これがたぶん、もののあわれ、という奴なのでしょう。所業は、無常であります。

平熱が回る四月の午後、何処かで暮らす家族を思い、また私はペダルに力を込めたのでした。