ヒズミ回想

とあるバンドマンの、変哲も平坦もない日常。

3月12日 思い思いの想いの思い出

朝は10時ほど、大阪、友人の宅で目覚める。


深くは眠れなかったが、眠りの環境は素晴らしく良かった。車のシートではない、布団がこんなに素晴らしいものだとは。

 


順々に起床し、順々にシャワーを頂く。ついにはご飯まで用意して頂き、舌鼓をうつ。あったけぇ、あったけぇよ。ありがてぇよ。

 

 

 

本日は大阪、南堀江knaveでのライブである。

入り時間は昼過ぎなので、しばらく、ゆるりとさせて頂く。

布団に横になっている時間、いろんなものが充填されていくのが、本当にわかる。

 


さて、

時間である。

布団をたたみ、礼を告げ、会場へと向かう。

 


会場に着く。

諸挨拶を交わし、準備を進める。

 

 

 

開演が近づく。

本日共演する大阪の対バンの方々は、キャリアも実力も、結構な方々である。その中で、我々は、トリ、一番最後という出番を頂いた。

 


ぶっちゃけ、嫌である。

プレッシャーが、半端ではない。

今回のイベントを組んでくれた方も、それを狙っているとのこと。もう。

 

 

 

興行が始まった。

バンドが進む、進むうちに、色んな人が「ノンフィクションが~」と言及してくれて、とても嬉しい。

少し気恥ずかしいが、とても嬉しい。

 


そして、我々の前、大阪、「それでも尚、未来に媚びる」というバンドの出番となった。

出番の間、Voのがーこ君も、Gtのオイケくんも、何度も何度も、我々について言葉を発してくれた。

 


私にはそれが、たまらなく嬉しかった。

 


正直、ここ2~3年、自信を失っていた。

「良いものをつくる」自信は、昔から変わらずあったが、どうにも結果に結びつかず、「評価をされる」「数字をだす」という自信を、根本から失っていた。

「どうせ」なんて思いが、罫線のように、人生に敷き詰められていた。

 


だが、そんな私を、彼等は何度も呼んでくれた、立ててくれた。

やってる曲のこと話せばいいのに、ライブの宣伝とかしたらいいのに。

何度も何度も、我々を、呼んでくれた。

私に指を指し、叫んでくれた。

 


なんて、奴らなんだ、こいつらは。

 


私は、バンド同士の馴れ合い、のようなモノが、嫌いとは言わないが、あまり好みもしなかった。

しかし、今日この瞬間だけは、心の底から、感謝の念が湧き上がった。少し目蓋から、溢れてしまった。

もう次が出番だから、楽屋で準備をしなければいけないのに、奴らのライブを、ほとんど、見てしまった。

 


血は滾っていた。

妙に心は冷静だった。

やろう。

やるしかない。応えるしかないんだ。

 


結果がでなくても、数字がでなくても、見てくれてる人はいるのだ、想ってくれる人がいるのだ、それに応えられなければ、ライブなぞやる意味がない。

 

 

 

正直、客観的に見て、奴らの地元大阪で、奴らの後に、奴らに勝てるライブができる事は、ほとんどないと思う。だからトリは嫌だった。

 


それでも、勝負は始まるのだ。

抜け、構えろ、負ければ死ぬぞ。

お前がやる事は勝つことではない、戦うことだ。

 


SEが鳴って、入場した。

 


30分間、いい演奏ができた自信はまるでない。

それでも、魂を掛けて、戦った。

それは間違いない。

そこに間違いは、ない。

 

 

 

ライブが終わった。

評判も上々であり、嬉しい。本当に、来てよかったと、思う。

 


打ち上げも終え、荷物を入れ込み、別れと再会を誓い、車に乗り込む。

 


いい日だった。いい日でよかった。

 

 

 

噛み締めながら、大阪を後にする。

染み入った思いの湿度を確かめて、ノンフィクションは、続いていく。

この思いを、忘れてはならない。

忘れられないとも思うが。