ヒズミ回想

とあるバンドマンの、変哲も平坦もない日常。

1月1日 そのあと、と、このあと

朝は9時半に起床。

水を飲み、バナナだけ食べたら、すぐに実家へ。

実家の戸を開けると、正月の香りがする。これは何かと母に尋ねたら、雑煮の出汁の香りらしい。なるほど。

準備をして、会食。舌鼓を撃つ。

 

見ても見なくても影響のないテレビを流しながら、何となく兄と談笑。

少ししたら事務所に戻り、ゲームへと勤しむ。

 

夕方、また実家に戻り、夕食。

テレビにて、右京さんが酷い目にあった辺りで、家を出る。

 

自転車を漕いで、古本屋へ。ぐるり一周して、目についた本を買う。積み本がまた増える。

 

その後、銭湯へ行く。そこそこの人だかりの中、こうして文章を書いている。

 

 

昨日、詰めに詰めた2019年は終わった。毎日更新のこのブログ「ヒズミ回想」も、昨日がラストである。

2019年、365日、すべての日を書き記した。もちろん、省略している事柄は多いが、ある程度私の一年をなぞっている。

これが、私であります。たまに「普段何をしているの?」とか聞かれますが、こんな事をしています。たまに「いうて売れてるでしょ?」とか言われますが。見ての通りです。

「ノンフィクションの映像」も合わせて、ノンフィクションというバンドの置かれた現状を、さらけ出すことは、できたと思う。

これが、我々である。これで、我々である。

同情を引きたいわけでも、同調を求める訳でもない。つまりは、この現状をもって、我々はまだ活動を続けるという、ある意味では意思表示のものである。

本音を言えば、この企画が何かしらで話題になって、それが成功に繋がればいいなと、それは当然、思っていた。しかし、それは叶わぬ事になりそうである。そう、それも、我々である。

 

企画も大体が終わって、現在。バンド運営の面で見れば、とてもとても、厳しいものである。

しかし、それでも我々は、やる。

運営が厳しいことと「バンドをやる」ということは、表面的には複雑に絡んでいるが、根っこの所では全くの別物である。やると言ったら、やる。「やる」以前に、まだ私は、ぜんぜんできて、いないのだ。だから、やる。

 

企画は終わるが、これからもノンフィクションを、見せていこうと、思っております。

宜しくお願いします。

 

 

しかし、ね。ブログは、もう少し、続けようと思う。

 

結構な人から「終わるのが勿体ない」と言われ、そこそこの人から「たまに見てます」と言われ、ありがたい事に、先日わざわざメールにて「ブログ面白いです!」と送ってくれた方もいた。

 

まんざらでもないので、これで楽しむ人がいるならば、続けましょう。幸い、少しだけ、手は空く。

 

だけど、これまでの「日常を全部書く」というのは、辞めておきます。それはもう、昨日で終わりです。

毎日の更新はするものの、適当な2〜3言で終わったり、写真一枚で終わったり、最悪、「眠い」の一言で終わる可能性もあります。

だけど、まぁ、やろうと思います。

いくらかの手間と、いくらかの誇りと、いくらかの打算をもって、続けようとは思ってます。

ただ、しょうもない内容の日になると、わざわざ更新の報告をしないかもしれません。ちょいちょい、見て頂ければ、幸いです。

 

では、「ヒズミ回想」これからも、宜しくお願いします。