ヒズミ回想

とあるバンドマンの、変哲も平坦もない日常。

あるグッドバイ

2024/3/23

昼下がり、どんよりと曇る空の下、とある幼稚園の、その最期を看取ってきました。

母校、あるいは母園とでも言うべきなのでしょうか、私がかつて通っていた幼稚園です。今年度でもう閉園が決定しており、今日はそのお別れ会のようなものがあっていました。とても寂しい私は、今日が暇だったからか、もしくは作業をしたくなかったからか、ひとり参加していました。

この歳なので、悪目立ちするんじゃないかと危惧していましたが、園に入ってみると、小中学生、高校生だけでなく、私くらいの年齢の方も結構いて安心しました。後にその方々は、息子さんや娘さんと一緒に来た親御さんであり、たぶん単独で来たのは私くらいだという事がわかるのですが、それはまた別の話です。

園の中を見てみると、私がいた頃より随分綺麗になっていました。床や壁なんかも、多分何度も塗り直されているのでしょう。私の好きだった、12時に音楽隊が出てくる仕掛け時計もなくなっていました。しかしそれでもモノの配置や大きな遊具、そして匂いが変わっていない事に、深い懐かしさを感じました。なんなんでしょうな、この匂いってのは。一瞬であの頃にトリップできてしまいました。迎え入れてくれた気がして、少しだけ嬉しかったです。

私が通っていたのは30年とか前でしょうか、もうロクな思い出はありませんが、それでも脳が、思い出が直接くすぐられるような感覚がありました。「こんなに小さかったっけ」なんて月並みな感想を抱きつつ、時折しゃがんだりしてあの頃の目線を追跡しつつ、感傷に浸っていました。別にそこまで深い愛着があるわけではありませんが、間違いなく、私が通っていた場所です。私の人生の数年間を、ここで笑ったり、泣いたりして過ごしていました。その歴史だけは消すことができません。

ふと壁を見ると、画用紙で作られた文が目に入りました。「いつまでもともだち」。今この場所に友達はおろか、知り合いだっていませんし、現職員の方より私の方がたぶん古株で、下手したら今この空間の中で私が一番古い人間の可能性もあります。そもそも当時の友人や先生の名前や顔だって、ほとんど思い出せません。それでも、私は誰でもなく、この幼稚園と、間違いなく友達であったと思います。

なぁ園よ、お前の言う「いつまでも」ってのは、30年経ってもまだ有効なのかな。俺たちはまだ、ともだちでいられるのかな。そんなお前も、もうなくなってしまうんだな。そう考えれば、これはある意味では葬列です。私の友人が、今まさに最期の時を迎えようとしているのです。もう二度と会う事はできません。少しだけ、少しだけ、目の奥が熱くなりました。

 

帰り際、置いてあった絵本を持って帰って良いというので、一冊だけ頂きました。背表紙を見ると2014年発行で、間違いなく私と何の関連もない本で、笑ってしまいました。

外は結構な雨が降っていましたが、空気は暖かく、春の訪れを感じました。私は貰った絵本が濡れないよう懐に入れて、自転車に乗り込み、ぐっとペダルに力を込めました。一度だけ振り返って、友人の最期の姿に「それじゃあな」と心の中で呟きました。もう二度と、会う事はありません。

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